算数の答えがすぐ分かる子がいる。難しい問題を解くのが好きな子もいる。もしその子のIQが分かれば、大人になったときの暮らしまで予測できるだろうか。
たとえば、健康のために生活を変え続けること、衝動買いを避けて貯蓄すること、対立したときに怒りを抑えること。これらには、計算や推論とは少し違う力も必要そうだ。
2011年に『PNAS』に掲載された研究は、子どもの知能や育った家庭の経済的な条件を考慮した後でも、「自制心」が後の暮らしと関連するかを調べた。短い実験で終わらず、誕生から32歳まで追跡したところが大胆だ。
同じ1000人を、幼いころから大人になるまで
舞台はニュージーランドのダニーデン。1972〜73年に生まれた1,037人を追う有名な長期追跡研究から、約1,000人の子どものデータを利用した。
研究者が幼少期の自制心を測るとき、一度の面接の印象だけで判断したわけではない。3・5・7・9・11歳の時期に、調査員、先生、親、本人から情報を集め、注意の持続、衝動性、行動の制御などをまとめた。
| いつ | 研究者が集めたもの | これだけで判断しない理由 |
|---|---|---|
| 3〜11歳 | 自制心に関する観察・報告 | たった1回の機嫌やその日の状況で決めない |
| 同じ子ども時代 | IQと家庭の社会経済的条件 | 自制心の差がほかの条件の代理でないか確かめる |
| 32歳 | 健康、依存症、家計、犯罪歴など | 子ども時代の特徴との長期的な関連を見る |
| 別の英国双子研究 | 同じ家庭で育つ兄弟間の比較 | 家庭環境だけの説明を減らす |
調査員が何度も訪ね、先生や保護者が見た様子を集める。子どもたちにとっては何気ない行動の積み重ねだったものが、長い時間を経て研究の材料になった。
自制心は、IQと無関係なのか
無関係ではない。原著では、自制心が高い子どもほどIQも高い傾向があり、その相関係数は0.44だった。育った家庭の社会経済的条件とも、0.25の相関があった。
つまり、自制心が高い人の大人になってからの状態が良くても、それは単にIQや家庭の条件を反映しただけかもしれない。研究者はそこで、統計分析でIQや家庭の条件を考慮した。
| 子ども時代に測ったもの | 自制心との相関(原著) | ここから言えること |
|---|---|---|
| IQ | 0.44 | 自制心と知能の成績は、ある程度一緒に高くなる傾向があった |
| 家庭の社会経済的条件 | 0.25 | 育った環境とも関係していた |
| 自制心そのもの | 3〜11歳の複数の評価を合成 | 同じ日の印象だけでなく持続する傾向を見た |
相関0.44は「知能が44%を決める」という意味ではない。二つの数値の関連の強さを示す係数だ。
32歳の健康や家計まで関連していた
研究では、自制心が低い傾向にあった子どもほど、大人になってから健康上の問題、物質依存、金銭管理上の苦労、刑事上の有罪判決などの割合が高い傾向があった。分析ではIQや家庭の社会経済的条件を考慮しても、複数の関連が残った。
関連を確認した観察研究です。自制心の訓練を無作為に割り当て、将来の結果を因果的に検証した実験ではありません。
この図は因果関係を証明する矢印ではなく、研究で比較した情報の順序を示したものだ。研究は「自制心を鍛えたら必ず健康になり、お金持ちになる」と実験したのではない。
具体的に何を測っていたのかも見ておこう。
| 成人時点での指標 | 何を確認したか | 誤読したくない点 |
|---|---|---|
| 身体の健康 | 複数の健康指標を組み合わせた状態 | 心身の状態は家庭や医療など多くの条件に左右される |
| 物質依存 | たばこ、アルコールなどへの依存に関する評価 | 子どもの一つの行動から将来を決められない |
| 家計の見通し | 貯蓄、計画性、金銭上の困難 | 「お金を貯められない人は自制心不足」という非難には使えない |
| 法的な問題 | 有罪判決の記録 | 単独の特徴で個人の行動を予言できない |
成績の高低だけでは捉えられない別の特徴が、長期的な生活に関係しているらしい。こう読むと、知能研究はIQの高さを競う話からずっと広がる。
同じ家に育つ二人ならどうだろう
さらに研究者は英国の別の双子研究を使い、同じ家庭で育った二人を比較した。同性の二卵性双生児509組が分析対象になっている。5歳の自制心の違いと、12歳の喫煙開始、学校での成績、反社会的行動などを比べた。
兄弟なら家庭の条件がかなり似ている。ただし遺伝的な違いや友人関係などは残るため、完全な比較実験にはならない。それでも、家が違うから結果が違うだけではないかという反論を少し弱められる。
ここで注意したいのは、英国の双子研究は12歳までの行動を見たもので、ダニーデン研究のように32歳の結果まで比較したわけではない点だ。似た考え方の結果を別の集団で確かめる試みと、同じ人を32歳まで追い続ける研究を混ぜてはいけない。
子どもを一つの特性で決めつけないために
自制心という言葉は、すぐに「しつけ」や「我慢させること」と結びつきやすい。しかし、注意を保つのが難しい理由は人によって違う。神経発達、疲れ、家庭の負担、学校環境などの影響もある。結果を家庭の努力不足の証拠に使うなら、研究の読み方を間違えている。
この研究は、介入によって自制心を変えれば32歳の結果が改善することを直接検証した実験ではない。関連があったことと、そこを変えれば結果が変わることは別なのだ。
| 研究が扱った問い | ここから進める次の問い |
|---|---|
| 子ども時代の自制心は成人の生活と関係するか | どんな条件の下で関連が強くなるのか |
| IQや家庭の条件を考慮しても関連が残るか | その関連を生む仕組みは何か |
| 別の双子集団でも同じ傾向があるか | 学校や家庭の支援で何が変えられるのか |
「頭がいい子」より、もう少し広い問いへ
学ぶ力は大事だ。けれど学べることと、毎日の生活を送れることは、重なりながらも同じではない。問題の答えが分かっていても、急な不安で動けないことはある。習慣を作るのが得意でも、難解な推理問題は苦手かもしれない。
IQという一つの数字を入り口にして人を知ろうとすると、この違いを見落としやすい。ダニーデンの長い追跡研究は、知能を測ることの価値を否定するのではなく、人間を知る物差しが一つでは足りないことを思い出させる。
参考:Moffitt, T. E., et al.(2011)A gradient of childhood self-control predicts health, wealth, and public safety, PNAS 108, 2693–2698. DOI: 10.1073/pnas.1010076108。原著全文とダニーデン研究チームの公表説明を確認。
原典と、確認した範囲
このページは研究論文を読み解く独立編集の記事です。本文中で研究の観察結果、著者の解釈、説明用の架空例を区別しています。診断や個人のIQ判定には利用できません。