05 / RESEARCH LIBRARY論文を読む

学校を1年長く続けたら、IQは上がるのか。数字の裏側にある「もう一つの人生」

ノルウェーで義務教育を2年延ばす改革があった。平均IQの変化は約0.6ポイント。ところが教育1年当たりの効果は約3.7ポイント。どちらも同じ論文に載っている。

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2年延ばしたのに、0.6ポイント?

学校で過ごす時間が長くなれば、知能検査の成績も上がるのだろうか。直感は人によって違う。毎日新しいことを学ぶのだから上がりそうだという人もいれば、もともと勉強のできる人が長く進学するだけだという人もいる。

数字を先に見よう。ノルウェーで義務教育を7年から9年に延ばした制度変更を利用した、BrinchとGallowayの研究がある。論文に書かれた主な推定値はこうだ。1

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調べた変化 推定値 同じ数値の説明
制度改革による平均IQの変化 +0.603ポイント 改革に触れた集団全体の平均の違い
制度改革による平均教育年数の変化 +0.163年 「最低年数2年延長」と、実際の平均延長は別
教育1年当たりに換算した効果 +3.692ポイント 前の二つの推定をもとに一定の仮定で算出
主な分析に用いた観測数 107,223 対象を限定した男性のデータ

2年延ばしたのに、なぜ平均の教育年数は0.163年しか増えないのか。改革で0.6ポイントしか変わらなかったのに、なぜ教育1年につき3.7ポイントと書けるのか。答えは、国が決めた最低年数と、一人ひとりが実際に通った年数を分けるところにある。

「学校へ行かなかった自分」とは比べられない

研究者が本当に知りたいのは、一人の人間が教育をもう1年受けた場合と、受けなかった場合の違いだ。同じ人に二つの人生を同時に歩いてもらえれば簡単だが、もちろん無理だ。

進学した人と、進学しなかった人をそのまま比べる方法では、別の説明が残る。家計、地域、本人の興味、以前からの得意不得意。そもそも、知能検査で高い成績を取る人ほど長く学ぶ可能性もある。

そこで研究者は、本人の意志とは別の理由で教育期間が変わる場面を探す。制度の変更、入学年齢の境界、あるいは以前の検査成績を考慮できる長期追跡。学校の効果に近づくために、観察だけでは不足する部分を補うのだ。

似ている二つの地域を、二つの時点で比べる

ノルウェーの改革は、全国が同時に切り替わったわけではなく、自治体によって導入時期が違った。改革が導入された自治体の変化だけを見るのではなく、まだ導入していない自治体の変化と比べることができる。

架空の点数で考えてみよう。改革に触れた地域Aの平均は、改革前100から改革後103になった。まだ改革していない地域Bも、100から101に上がった。

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架空の比較 改革前 改革後 増えた分
地域A(改革あり) 100 103 +3
地域B(改革なし) 100 101 +1
増えた分の差 +2

Aだけを見れば+3点。しかしBでも+1点変わったのなら、その分まで改革のおかげにしてはいけない。この考え方は、**差の差(difference-in-differences)**と呼ばれる。

ここで計算が終わるわけではない。AとBが改革なしなら似たように変化したはずだ、という仮定が必要になる。もしAだけに大きな別の政策が同時に起きていたら、話は難しくなる。この仮定を検討するのも研究の一部だ。1

「2年延長」は、全員の生活が2年延びたことではない

改革前から9年以上学校へ通う予定だった人は、最低年数が7年から9年に変わっても、実際の教育年数が変わらなかったかもしれない。改革が主に影響するのは、以前なら早く学校を離れていた人たちだ。

100人いる架空の町で、90人は改革がなくても9年以上学ぶつもりだったとする。残り10人が改革によって2年長く通ったなら、町全体で増えた教育は20人年。100人で割ると、平均は0.2年しか増えない。

研究の0.163年はこれと同じ数値ではないが、考え方は似ている。義務教育を2年延ばした政策と、全員の平均教育年数が2年増えることは同義ではない。

研究者は、改革が平均教育年数をどれだけ変え、その改革が平均IQをどれだけ変えたかを比べた。大づかみに書けば、0.603 ÷ 0.163 ≒ 3.7 になる。

図解を表示しています。JavaScriptが無効な場合も、前後の表で数値を確認できます。

ただし、この計算は「改革がIQに及ぼした影響は、教育年数が増えたことを通じて起きた」という条件に依存する。改革で教科や授業内容、学校環境も変わったなら、どこまでを教育年数だけの効果と呼べるかが問題になる。また、制度によって通学期間が変わった人々の効果を、どんな人にも同じように当てはめることはできない。

同じ「教育の効果」でも、何を比較するかで違う

学校の効果を調べる方法は、この改革だけではない。入学の誕生日の境界で学年が違う子どもを比べる方法、学校へ長く通う前の認知成績を考慮する方法もある。

この違いを、一つの論文にまとめて比べた研究がある。

42データセットから出てきた、三つの推定値

RitchieとTucker-Drobが2018年に発表したメタ分析は、42データセット、28研究、142の効果量、計615,812人を対象とした。違う調査の数字を同じ尺度に換算し、教育1年分の変化を比べている。2

注目したいのは、三つの研究設計で推定値が同じにならなかったことだ。

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研究設計 何を比較したか 教育1年当たりの推定(IQポイント) 読み方
以前の知能得点を考慮 以前の成績を考慮し、その後の教育期間が違う人を比較 +1.197 もともとの違いを一部抑えて比較
義務教育制度などの変更 政策で教育期間が変わった人々を利用 +2.056 制度を利用した準実験的な推定
入学年齢の境界 誕生日の境界近くにいる子を比較 +5.229 学校経験と年齢を切り分けようとする推定
図解を表示しています。JavaScriptが無効な場合も、前後の表で数値を確認できます。

なぜ約1.2と約5.2で差があるのだろう。必ずしも誰かの計算が間違っているわけではない。比べている人、年齢、受けた教育、測った課題が違う。例えば入学年齢の境界を使う研究は、比較的若い学年での学校経験の違いを取り出すことが多い。数十年後まで追跡した研究とは、同じ「1年」の中身が違う。

メタ分析全体では、3設計をまとめた推定値として約3.394ポイントも報告されている。ただし、この数字を「学校に1年通えば誰でも3.394伸びる」と読んではいけない。研究デザイン間の異質性もあり、調べ方の違い自体が重要な結果なのだ。2

学校は「知能」を伸ばしたのか、「テストに強くした」のか

ここは最も面白く、同時に難しい問いだと思う。計算問題が多い授業を受ければ、計算問題には慣れるだろう。語彙を学べば、語彙課題で有利になるかもしれない。しかし、その変化は未知の問題を考える力にも広がっているだろうか。

研究では、言語的な知識に近い課題も、流動的な推理に近い課題も扱われる。RitchieとTucker-Drobのメタ分析は、教育の効果が広い認知領域の複数のカテゴリーで見られたと報告している。これは「単なる暗記のテストだけが上がった」と片づけられない材料になる。一方、検査で測った成績の変化と、人生で必要なあらゆる能力の変化を同一視することもできない。2

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研究で確認したもの そこから直ちには分からないもの
教育年数と認知検査成績の因果効果を推定した どんな教材が最も効率的か
複数の研究設計で正の効果が報告された 全員に同じ大きさの効果が生じるか
流動・結晶性など広い認知領域の指標で効果が見られた 創造性、人格、幸福感も同じだけ高まるか
教育効果が長期に残る可能性を検討した 特定の早期教育でIQ130にできるか

親が子どものために何かを決めようとするとき、この右側の列の方が気になるかもしれない。だからこそ、研究の数字を商品の宣伝に持ち込む場合には、一度線を引いておきたい。

その1年に、何があったのか

授業で人の説明を聞き、抽象的な記号に触れ、違う解き方を試し、何度も練習する。学校の時間には、単一の「脳トレ」とは違う経験が詰まっている。学ぶ内容だけでなく、学校へ通うという制度、周囲の人間関係、評価の仕組みもある。

「教育を1年増やすと何ポイント」という数字は、その複雑な塊を丸めたものだ。これは数字が悪いという意味ではない。数字によって初めて見えてきた違いがある一方、数字が隠している経験もあるということだ。

この研究を知ったあと、子どもにどの教材を買おうかという質問へ戻る前に、一度聞いてみたい。その子が今、時間を使って学びたいのは何だろう。学校の効果の推定が示したのは、具体的な商品ではなく、学ぶ機会が認知的な成績に影響しうるという事実だった。

研究数が多いほど、答えが一つに定まる?

「60万人以上」と聞けば、もう決着したと感じるかもしれない。しかしメタ分析で重要なのは、人数の大きさだけではない。どんな条件の研究をどれだけ集め、重なりのある推定値をどう扱ったかも問われる。

今回の3設計の内訳は、原著のTable 1では次のように報告されている。2

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研究設計 データセット数 効果量の数 参加者数
以前の知能得点を考慮 10 26 51,645
政策変更 12 30 456,963
入学年齢の境界 20 86 107,204
合計 42 142 615,812

大きな制度研究には多くの人が含まれる一方、若い学齢での入学境界研究は効果量の数が多い。数字が揃っているようで、集めた証拠の形はかなり違う。しかも同じデータから複数の効果量が出ることもあるため、142を「独立した142回の実験」と読むのは正しくない。

研究者はこうした違いを無視して単純な平均を出したわけではない。ランダム効果モデルや調整変数を検討し、研究間のばらつきも報告している。したがって「約1〜5ポイント」という結論を読むときは、その背後に推定の精度と研究間の異質性があることを思い出したい。

「教育の効果」を、そのまま学校選びのランキングにしない

学校Aに入れればIQが3上がり、学校Bなら5上がる。そんな比較をしたくなるが、今回の研究は学校ごとの優劣を調べたものではない。受けた教育の内容も、学校以外の学習機会も、国によって違う。

もし教育が平均的な認知成績に影響するとしても、どの子に、どの場面で、どんな教育が適切かは別に調べる必要がある。生きた経験を一つの数値に換算するとき、何が残り、何が落ちるか。教育の研究を読むことは、学校の成績表をつくることとは違う。

原典と読み方

架空の地域A/Bと100人の町の例は、研究結果ではなく手法を理解するための模型。図中の論文推定値とは区別している。

  1. Brinch, C. N. & Galloway, T. A. (2012), Schooling in adolescence raises IQ scores, PNAS, DOI: 10.1073/pnas.1106077109。表の0.603、0.163、3.692、107,223は原著Table 1の値。
  2. Ritchie, S. J. & Tucker-Drob, E. M. (2018), How Much Does Education Improve Intelligence? A Meta-Analysis, Psychological Science, DOI: 10.1177/0956797618774253。研究数・参加者数・3つの推定値は本文Results欄。論文著者の公開稿はこちら。

このシリーズの図表は説明用のオリジナル図、または原典に数値が記されたデータの独自作図です。研究の実測値と説明用の架空例を区別して記載しています。