昔の問題を今の人に解かせたら
100年前の人と今の人が、同じ知能検査を解いたらどうなるか。さまざまな国の研究から、長い期間にわたって、後から生まれた世代の方が認知検査で高得点を取りやすいという現象が報告されてきた。後にフリン効果と呼ばれるようになった変化だ。
ここで、ひとつ区別しておこう。「平均IQは100のはずなのに、なぜ上昇するのか」。それは、IQがしばしば基準集団に合わせて再規準化されるためだ。毎回新しい集団で平均100へ合わせ直せば、数字の表面だけから歴史的な上昇は見えない。同じ問題や同じ換算基準を使い、世代による成績の違いを追うことで、はじめて長期変化が分かる。
そして、話は上昇だけで終わらない。20世紀後半以降、一部の国では上昇の鈍化や低下が報告されている。ノルウェーでBratsbergとRogebergが調べたのは、この上昇・折り返し・下降の三つだった。1
男性73万人余りの記録から、曲線が見えた
ノルウェーの徴兵に関連する認知検査の記録は、1962〜1991年生まれの男性について、長い期間を比較できる。研究では行政記録と家族関係を結び付けた。最終的に能力得点が利用できたのは736,808人。性別や出生地などの条件がある大規模データであり、全人口を直接測ったものではない。1
報告された出生年別の平均得点の節目を抜き出すと、こうなる。
| 出生年 | 換算後の平均IQ | 何が起きていたか |
|---|---|---|
| 1962年 | 99.5 | 研究対象期間の初め |
| 1975年 | 102.3 | 観測された上昇の山の近く |
| 1989年 | 99.4 | その後の低下を示す値 |
| 1991年 | 99.7 | 末期には小さな持ち直しもあった |
1962年生まれと1975年生まれでは2.8ポイント上がり、その後1989年生まれまでで2.9ポイント下がっている。一定方向へ進み続けたわけではない。得点をこう並べると、昔の人から順に「知能が進化した」などとは簡単に言えないことが分かる。
※図は論文が本文で挙げた4年の平均値だけを棒で示す。間の年の全データを描いたものではない。研究で使ったIQは、徴兵時の得点を一定の換算規則で表した値で、現代の総合知能検査のスコアと一対一には比較できない。
何が原因だったのか。答えを急ぐと、違う話をしてしまう
IQの世代差には、いろいろな説明が提案されてきた。教育の機会、家族の人数、栄養、生活環境、社会が求める認知的な活動の変化。遺伝的な構成の変化に注目する仮説もある。
しかし、国全体の平均が変わったことだけでは、どの仮説が正しいかは分からない。たとえば「高い得点の親ほど子どもを少なく持つ」という仮説が平均低下の主な原因なら、生まれてくる家庭の構成が変わったことが重要になる。
では、同じ家庭の兄と弟を比べたらどうだろう。家庭の平均的な背景が大きく違う、という説明をいったん押さえられる。同じ両親から生まれた兄弟のうち、後に生まれた弟の得点が、時代の流れに沿って変化しているかを見るわけだ。
ここに、論文の中心的な工夫がある。
家庭を「固定」してみる
簡単な架空の例を考える。家庭Aの兄は1970年、弟は1975年生まれだった。家庭Bの兄は1975年、弟は1980年生まれだったとする。兄弟は遺伝子も生活経験も同一ではないが、親や家庭の多くの要素を共有している。
「1975年生まれの男性の平均」と「1980年生まれの男性の平均」を直接比べる方法は、違う家庭どうしを比べることになる。一方、兄と弟の差を同じ家庭の中で集計すれば、兄弟に共通する背景を統計モデルの中で取り除ける。
| 比べ方 | 取り除きやすいもの | 残る疑問 |
|---|---|---|
| 別々の家庭の出生年別平均 | 母集団の大きな変化を把握できる | 家庭構成が変わっただけでは? |
| 同じ家庭の兄弟の差 | 親や家庭の共通背景の影響 | 兄弟の生まれ順・年齢差、育つ時期の違いは? |
| 生まれ順を考慮した兄弟比較 | 生まれ順による一部の差 | 学校制度や家庭内の時代変化の何が効いた? |
| サンプル構成の補正 | 観測された兄弟ペアの偏りを考慮 | 補正モデルの仮定は妥当か? |
BratsbergとRogebergの研究は、兄弟の生まれ順やサンプルに誰が含まれるかという問題にも取り組んでいる。家族内比較だけで魔法のようにすべての原因が取り除かれるわけではない。1
同じ家庭の中でも、上がって下がった
この研究の重要な結果は、出生世代の平均で見られた上昇、山、低下が、同じ家庭内の比較でも確認されたことだ。
1962〜1975年生まれの上昇期では、家族内の比較から得られた平均的な上昇は、年間約0.26 IQポイントと報告されている。一方、1975年以降の低下も家族内に見られた。ただし、どの兄弟を対象にするかや補正方法で推定は変わる。補正前の家族内低下は集団全体で見られる低下より小さく出るが、選択の偏りを補正する推定では、家族内と家族間の変化が近づいた。1
| 研究で確かめたこと | そこから言えること | まだ分からないこと |
|---|---|---|
| 出生世代の平均が上昇後に低下 | 一方向に伸び続けた現象ではない | すべての国や世代で同じ変化が起こるか |
| 兄弟どうしでも同じ傾向 | 家庭構成の変化だけでは説明しにくい | どの環境要因が主因なのか |
| 生まれ順等を考慮しても傾向が残る | 親の特性だけに帰す説明は弱まる | 家族の中で時間とともに変わる要因の内訳 |
研究者らは、対象データで見られた大きな世代変化を、家庭間の構成変化だけで説明する仮説に否定的な証拠だと解釈している。論文タイトルは強いが、「教育が何%、栄養が何%、生活習慣が何%」と原因ごとに切り分けた実験ではない。この区別は大事だ。
同じ家族なら、環境も同じではないのか
同じ家で育った兄弟でも、環境がまったく同じとは限らない。兄が小学生だった年と、弟が小学生だった年には、教科書も学校制度も社会の道具も変わっているかもしれない。テレビやコンピューターの普及、家庭の経済状況、働き方、授業のやり方も、時代の中で変化しうる。
兄弟という比較は、親や家庭の共通した部分をできるだけそろえる方法だ。それによって、むしろ同じ家庭の中で時代とともに変わるものに目を向けられる。だから、家族内での上昇・低下は、環境的な説明と整合的なのだ。
ただし「環境」と一言でまとめると、何でも入ってしまう。原因を知りたいなら、次には候補となる環境要因を実際に測り、その変化と得点変化がどう結びつくかを検討する必要がある。
フリン効果は、「個人の能力が毎年上がる」という話ではない
ここで混同しやすい三つの時間軸を整理しておこう。
| 時間軸 | 何を比べる? | フリン効果と同じ? |
|---|---|---|
| 個人の加齢 | ある人が10歳、20歳、60歳になったとき | いいえ |
| 出生世代の違い | 1962年生まれと1975年生まれ | はい、ここが主題 |
| 検査の版や規準の違い | 新旧の検査で同じ人の数字が変わる | 関連するが、それ自体が世代効果ではない |
ネットで「昔よりIQが低下した」と見かけるとき、まずその数字がどの時間軸の話かを聞いてみるとよい。年齢による記憶の変化を、出生世代の変化と混同していたら、最初から違う説明をしていることになる。
また、徴兵記録の男性の結果から、女性も含めた世界の若者すべての変化を語るのは飛躍だ。文化、言語、教育制度、測定方法の違いを超えるには、ほかの地域の資料が必要になる。
なぜ、同じ研究で「遺伝」と「環境」が話題になるのか
知能研究の話題では、「遺伝か環境か」という対立が出てくる。しかし、ここで一つの研究が示しているのは、ある国の特定期間の平均得点の変化の説明だ。人と人との違いに遺伝的な要因が関わりうるか、という別の問いへの直接の答えではない。
身長を例にしよう。身長の個人差に遺伝の影響があるとしても、ある時代に集団の平均身長が伸びた理由が、遺伝子の急な変化であるとは限らない。知能検査の成績についても、個人差の原因と、世代差の原因を同じ数字で語ることはできない。
BratsbergとRogebergの研究が刺激的なのは、上昇も低下も同じ家庭の中で観察できるという結果によって、単純な「あるタイプの家庭が増減したから」という説明を揺さぶったことだ。
今の私たちに残された、少し厄介な問い
もし知能検査の平均成績が、わずか数十年で上がったり下がったりするなら、それは能力が単なる生まれつきの固定値ではないことを考える材料になる。しかし同時に、「環境で変わるから好きなだけ操作できる」と言う材料にもならない。
何が変わったのかを知るには、学校で何を学ぶか、社会がどんな課題を要求するか、検査が何を測るかを、一つずつ調べる必要がある。大きな曲線が見えたことで、かえって原因の問いが深くなった。 研究の面白さは、そこにある。
この研究の「IQ」は、何を測っていたのか
ノルウェーの徴兵検査で使われたのは、算術、言葉の類似性、図形を含む速度制限付きの課題だった。研究者は、これらをまとめた9段階の尺度(stanine)から IQ = 100 + 7.5 × (stanine − 5) という方法で値を表している。これは論文の分析で用いた換算であり、読者が自宅で受けられる知能検査の計算方法ではない。1
1962年より前の出生世代では別の換算規準が使われ、1991年より後の出生世代では徴兵の過程が大きく変わった。研究者が1962〜1991年という範囲に絞った理由には、そうした比較可能性の条件がある。巨大なデータなら、いつの年を選んでも比べられるというわけではない。
| 研究の資料の特徴 | 強み | 限界 |
|---|---|---|
| 同種の検査を長期に使用 | 出生年による変化を追いやすい | 検査で測った認知領域に限る |
| 行政記録で兄弟を照合 | 家族内比較ができる | 生まれ順や選択の偏りに注意 |
| 男性の徴兵データ | 大規模に集めやすい | 女性、移民、後年の出生世代へ直接一般化できない |
| 同じ規準を使った換算 | 再規準化で歴史的変化が隠れにくい | 他の知能検査の得点と同じものではない |
検査の内容と対象を確認して初めて、曲線の上下を何の変化として読めるかが見えてくる。
「家族内なら全部説明できる」という強すぎる言い方にも注意
論文の結果には、補正前の兄弟比較で低下幅が集団全体より小さく出るという点もあった。集団全体では1975〜1991年に年間約−0.23ポイント、単純な家族内推定では約−0.08ポイントと報告されている。そこで著者らは、そもそもどの家庭の兄弟が比較に入るかという選択の偏りを考慮した。
調整後の比較では、家族内と家族間の傾向が近づく。だがそれは、統計モデルを使って推定した結果である。モデルがどんな仮定に立つかを確かめずに、「兄弟を比べただけで原因のすべてが分かった」と言うのは、研究者の仕事をかえって雑にしてしまう。
この研究が示した最も鋭い点は、「国全体の平均を見ていたら家族構成の変化だと思えた現象が、家族を固定しても現れた」というところにある。答えが一つに決まったのではなく、成立しにくくなった説明がある。 それだけでも、十分に大きな発見だった。
原典と確認範囲
- Ritchie, S. J. & Tucker-Drob, E. M. (2018), How Much Does Education Improve Intelligence? A Meta-Analysis。教育という環境の一要素の研究として併読できる。
- APA, deviation IQ。IQの規準集団と標準得点の背景。
出生年別の棒図は論文本文に記載された実測の4つの値に基づく独自作図。研究の図そのものは転載していない。
- Bratsberg, B. & Rogeberg, O. (2018), Flynn effect and its reversal are both environmentally caused, PNAS, DOI: 10.1073/pnas.1718793115。サンプル数と4年の平均値は本文Materials and Methods、兄弟比較の推定と留保はResultsを参照。
このシリーズの図表は説明用のオリジナル図、または原典に数値が記されたデータの独自作図です。研究の実測値と説明用の架空例を区別して記載しています。