毎日数字を覚えて、図形をそろえ、素早く答える。昨日よりスコアが上がれば、うれしい。数週間も続ければ、頭の回転まで速くなったような気がしてくる。
でも、ひとつ困った質問がある。そのゲームが上手になったことと、初めて見る別の問題が解けるようになったことは、同じなのだろうか。
2010年に『Nature』に発表された研究は、この二つを分けて調べた。イギリスのBBCの科学番組と連携し、インターネットで大勢に参加してもらった、当時としては異例の規模の試みだ。
「練習した課題」と「練習していない課題」を分ける
研究には、推論や計画を中心とした練習、記憶や注意など幅広い練習、そして雑学問題に答える対照条件の三つがあった。大事なのは、練習ゲームとは別に、最初と最後に共通の測定課題を解いてもらったことだ。
| グループ | 約6週間のあいだにしたこと | 何を確かめたいか |
|---|---|---|
| 推論・計画グループ | 推論、計画、問題解決などを使う6つの課題 | その練習が、別の知的課題にも役立つか |
| 幅広い脳トレグループ | 短期記憶、注意、空間処理、算数などの課題 | 一般的な脳トレ型の訓練に効果があるか |
| 対照グループ | インターネットなどを使って雑学の問いに答える | 繰り返しアクセスし、テストを受け直すだけでも上達しないか |
三つのグループが最初と最後に受けた測定には、推論、言語短期記憶、空間作業記憶、対連合学習などが含まれる。参加者は、最低でも週3回、1回10分ほどの練習を求められた。
「脳トレをやる前と後で点数が上がった」だけなら、単に同じテストに慣れただけかもしれない。対照グループが必要なのはそのためだ。
最初の登録者は5万人超。解析されたのは11,430人
登録した人は52,617人。しかし最初と最後の評価を受け、所定の練習条件を満たした分析対象者は11,430人だった。対象は18〜60歳で、平均的には約24.5回の練習をしている。
| 数字 | この研究での意味 | 注意すること |
|---|---|---|
| 52,617人 | 参加登録した人数 | この全員の成績が結果に使われたわけではない |
| 11,430人 | 最終的な解析に含まれた人数 | 継続できた人が残る選択の偏りがある |
| 約6週間 | 練習した期間 | 数年単位の変化については直接答えない |
| 平均24.47回 | 訓練実施回数 | 個人差が大きい |
オンライン実験には長所がある。年齢も暮らしも異なる大勢が参加できる。一方で、最後まで続けた人と途中でやめた人が同じとは限らない。研究者が扱えたのは、最後まで測定がそろった人たちの成績だ。
上達は、あった。それでも結論が厳しかった理由
練習した課題の成績は、しっかり伸びた。推論・計画グループで練習した各課題の効果量はおおむね0.73〜1.63、幅広い脳トレグループでは0.72〜0.97と、決して「何も起きていない」数値ではなかった。
ところが練習していない共通測定課題では、対照グループと比べて明瞭な上乗せを示せなかった。
| 何の上達を見たか | 実際に観察されたこと | 研究としての結論 |
|---|---|---|
| 繰り返した訓練課題 | どちらの脳トレグループでも大きく改善した | 練習した課題には慣れ、上達する |
| 初めて解く別の課題 | 対照グループでも小幅な改善がみられ、群間の差は乏しかった | 練習効果が他の課題に広がる証拠は見いだせなかった |
| 日常生活の判断や仕事 | この研究では直接測定していない | 成績改善や失敗を直接判断できない |
「練習した課題」の効果量の範囲は本文に記載。二つの指標を同じ長さの棒で比較していません。
この図は数値グラフではなく、研究の比較構造を示した模式図だ。点数が上がる「練習中の坂道」と、別の課題に渡る「橋」を分けて考えると、この結果が読みやすくなる。
たとえば、ピアノで一曲を何度も練習すれば、その曲はうまく弾けるだろう。でも、初見の楽譜も同じだけ弾けるようになったかは、別の曲を弾いてみないと分からない。研究者が確かめたのは、その「別の曲」での上達だった。
脳トレは無意味なのだろうか
ここから「頭を使うゲームはすべて無意味」と結論づけるのも早い。
数列を解く時間そのものが楽しい人もいる。ゲームを続ける習慣が生まれるかもしれない。特定の課題を速く正確にこなせるようになること自体にも、その人なりの意味はある。
研究が厳しく問うたのは、ある課題を上達させることを、幅広い知的能力の向上として宣伝してよいかという点である。楽しい、続けられる、練習したゲームで得点が上がる、という話と、一般的な知能が上がるという主張は同じではない。
そして2010年の研究から十数年がたつ間に、課題の設計も、介入研究の手法も変わっている。特定の高齢者向けプログラムや、別の訓練についての結論まで、この1本からすべて決めることはできない。
| よくある宣伝の読み方 | 確認したい条件 |
|---|---|
| 「受講者のスコアが平均30%上昇」 | 何のスコアか。練習したゲームか、別の課題か |
| 「脳年齢が若返った」 | その数値は医学的に意味のある測定尺度か |
| 「集中力が改善した」 | どんな検査で、比較対象は何か。生活場面でも変化したか |
| 「知能が伸びた」 | 標準化された別の課題や持続的な変化で検証したか |
当サイトの18問でも、同じ問いが残る
図形推理チャレンジを2回目に解けば、きっと答えを覚え、ルールに慣れる。3回目ならもっと速いかもしれない。しかし、その伸びを一般知能の伸びとして表示するわけにはいかない。
この研究を読むと、クイズに挑戦する楽しさを奪われるのではない。楽しく解いた結果を、何の数字として扱えば正直なのかが分かる。練習の上達は成果だ。ただし、成果には名前を正確につけたい。
参考:Owen, A. M., et al.(2010)Putting brain training to the test, Nature 465, 775–778. DOI: 10.1038/nature09042。原著全文(著者公開版)と誌面抄録を確認。
原典と、確認した範囲
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