Research story / 比較実験 / 認知トレーニング

脳トレを続けたのに、なぜ「頭がよくなった」と言えないのか

1万人を超えるオンライン実験。研究者が区別した「上達」と「応用」の間には、思ったより深い溝があった。

2010年の論文11,430人読了目安 約9分

毎日数字を覚えて、図形をそろえ、素早く答える。昨日よりスコアが上がれば、うれしい。数週間も続ければ、頭の回転まで速くなったような気がしてくる。

でも、ひとつ困った質問がある。そのゲームが上手になったことと、初めて見る別の問題が解けるようになったことは、同じなのだろうか。

2010年に『Nature』に発表された研究は、この二つを分けて調べた。イギリスのBBCの科学番組と連携し、インターネットで大勢に参加してもらった、当時としては異例の規模の試みだ。

「練習した課題」と「練習していない課題」を分ける

研究には、推論や計画を中心とした練習、記憶や注意など幅広い練習、そして雑学問題に答える対照条件の三つがあった。大事なのは、練習ゲームとは別に、最初と最後に共通の測定課題を解いてもらったことだ。

グループ 約6週間のあいだにしたこと 何を確かめたいか
推論・計画グループ 推論、計画、問題解決などを使う6つの課題 その練習が、別の知的課題にも役立つか
幅広い脳トレグループ 短期記憶、注意、空間処理、算数などの課題 一般的な脳トレ型の訓練に効果があるか
対照グループ インターネットなどを使って雑学の問いに答える 繰り返しアクセスし、テストを受け直すだけでも上達しないか

三つのグループが最初と最後に受けた測定には、推論、言語短期記憶、空間作業記憶、対連合学習などが含まれる。参加者は、最低でも週3回、1回10分ほどの練習を求められた。

「脳トレをやる前と後で点数が上がった」だけなら、単に同じテストに慣れただけかもしれない。対照グループが必要なのはそのためだ。

最初の登録者は5万人超。解析されたのは11,430人

登録した人は52,617人。しかし最初と最後の評価を受け、所定の練習条件を満たした分析対象者は11,430人だった。対象は18〜60歳で、平均的には約24.5回の練習をしている。

数字 この研究での意味 注意すること
52,617人 参加登録した人数 この全員の成績が結果に使われたわけではない
11,430人 最終的な解析に含まれた人数 継続できた人が残る選択の偏りがある
約6週間 練習した期間 数年単位の変化については直接答えない
平均24.47回 訓練実施回数 個人差が大きい

オンライン実験には長所がある。年齢も暮らしも異なる大勢が参加できる。一方で、最後まで続けた人と途中でやめた人が同じとは限らない。研究者が扱えたのは、最後まで測定がそろった人たちの成績だ。

上達は、あった。それでも結論が厳しかった理由

練習した課題の成績は、しっかり伸びた。推論・計画グループで練習した各課題の効果量はおおむね0.73〜1.63、幅広い脳トレグループでは0.72〜0.97と、決して「何も起きていない」数値ではなかった。

ところが練習していない共通測定課題では、対照グループと比べて明瞭な上乗せを示せなかった。

何の上達を見たか 実際に観察されたこと 研究としての結論
繰り返した訓練課題 どちらの脳トレグループでも大きく改善した 練習した課題には慣れ、上達する
初めて解く別の課題 対照グループでも小幅な改善がみられ、群間の差は乏しかった 練習効果が他の課題に広がる証拠は見いだせなかった
日常生活の判断や仕事 この研究では直接測定していない 成績改善や失敗を直接判断できない
2種類の「伸び」を混ぜない効果量の棒グラフではなく、研究の比較構造を示した模式図です。
6週間、課題を練習する
練習した課題大きく上達した繰り返すほど成績が伸びた
練習していない別の課題明確な上乗せは確認されず対照グループと比較する必要がある

「練習した課題」の効果量の範囲は本文に記載。二つの指標を同じ長さの棒で比較していません。

この図は数値グラフではなく、研究の比較構造を示した模式図だ。点数が上がる「練習中の坂道」と、別の課題に渡る「橋」を分けて考えると、この結果が読みやすくなる。

たとえば、ピアノで一曲を何度も練習すれば、その曲はうまく弾けるだろう。でも、初見の楽譜も同じだけ弾けるようになったかは、別の曲を弾いてみないと分からない。研究者が確かめたのは、その「別の曲」での上達だった。

脳トレは無意味なのだろうか

ここから「頭を使うゲームはすべて無意味」と結論づけるのも早い。

数列を解く時間そのものが楽しい人もいる。ゲームを続ける習慣が生まれるかもしれない。特定の課題を速く正確にこなせるようになること自体にも、その人なりの意味はある。

研究が厳しく問うたのは、ある課題を上達させることを、幅広い知的能力の向上として宣伝してよいかという点である。楽しい、続けられる、練習したゲームで得点が上がる、という話と、一般的な知能が上がるという主張は同じではない。

そして2010年の研究から十数年がたつ間に、課題の設計も、介入研究の手法も変わっている。特定の高齢者向けプログラムや、別の訓練についての結論まで、この1本からすべて決めることはできない。

よくある宣伝の読み方 確認したい条件
「受講者のスコアが平均30%上昇」 何のスコアか。練習したゲームか、別の課題か
「脳年齢が若返った」 その数値は医学的に意味のある測定尺度か
「集中力が改善した」 どんな検査で、比較対象は何か。生活場面でも変化したか
「知能が伸びた」 標準化された別の課題や持続的な変化で検証したか

当サイトの18問でも、同じ問いが残る

図形推理チャレンジを2回目に解けば、きっと答えを覚え、ルールに慣れる。3回目ならもっと速いかもしれない。しかし、その伸びを一般知能の伸びとして表示するわけにはいかない。

この研究を読むと、クイズに挑戦する楽しさを奪われるのではない。楽しく解いた結果を、何の数字として扱えば正直なのかが分かる。練習の上達は成果だ。ただし、成果には名前を正確につけたい。

参考:Owen, A. M., et al.(2010)Putting brain training to the test, Nature 465, 775–778. DOI: 10.1038/nature09042。原著全文(著者公開版)と誌面抄録を確認。

原典と、確認した範囲

このページは研究論文を読み解く独立編集の記事です。本文中で研究の観察結果、著者の解釈、説明用の架空例を区別しています。診断や個人のIQ判定には利用できません。