自動車が故障した。修理に15万円かかるという。給料日まで余裕がない人と、貯蓄に余裕がある人では、同じ知らせの重さが違うだろう。
では、修理代のことを考えている最中に、無関係な図形の問題を出されたらどうなるか。ある人には、修理費の支払い方が頭の片隅に残る。別の人は、とりあえず考えるのをやめられるかもしれない。
2013年の『Science』の論文は、認知課題の成績は、能力だけでなく、その瞬間に頭を占めている心配にも影響されるのではないかと問いかけた。
まずは、買い物客の頭に「修理代」を置いてみる
米ニュージャージー州の商業施設で、参加者に金銭的なトラブルを想像してもらった。たとえば車の修理が必要になり、その費用をどう払うか考える。負担の小さい条件では150ドル、重い条件では1,500ドルを使う設定があった。実際に支払ってもらうわけではない。
その後、参加者は図形推理などの認知課題に取り組んだ。研究者が比べたいのは「豊かな人と貧しい人の能力差」だけではない。同じ所得帯の人でも、考えるよう促された金額が変わるとどうなるかだった。
| 比べる条件 | 小さめの出費を考える | 大きな出費を考える |
|---|---|---|
| 経済的に余裕の少ない参加者 | 認知課題への影響が比較的小さかった | 成績の低下がみられた |
| 経済的に余裕のある参加者 | 大きな変化はみられなかった | 同様に大きな低下はみられなかった |
この表は原著の結果の方向を言葉で整理したもの。細かな点数を勝手に補っていない。
同じ1,500ドルでも「頭の中で占める場所」が違う。研究者は、経済的な不安に注意が引き寄せられると、別の課題に使える認知資源が減るのではないかと考えた。
本当に「貧しいから」なのか。もう一つの調べ方
買い物客の実験には、気になる点が残る。そもそも収入の異なる人は、教育機会も生活習慣も異なるかもしれない。経済的な不安だけを取り出して考えるには難しさがある。
そこで研究者たちは、インド南部のサトウキビ農家に目を向けた。研究に含まれた農家は464人、54の村から集められた。サトウキビの収入は、収穫・支払いの時期に集中する。同じ農家でも収穫前には資金繰りが苦しく、支払いを受けた後には余裕が生じる。
| 同じ農家を調べる時期 | お金の状況 | 研究者の狙い |
|---|---|---|
| 収穫・支払い前 | 年間収入の多くをまだ受け取っていない | 金銭的な心配が強い時期の成績を見る |
| 収穫・支払い後 | 大きな収入が入ったあと | 比較的余裕のある時期の成績を見る |
| 比較の中心 | 別の農家ではなく、同じ人 | 生まれ育ちや本人固有の違いをできるだけ減らす |
自然に生じる収入の変動を比較に使っています。研究者が参加者の収入を無作為に割り当てたわけではありません。
研究で使ったのは、規則を見つける図形推理課題や、数字の見た目につられずに答える課題など。たとえば「5 5 5」を見て「5」と答えるのではなく、「同じ数字がいくつ並んでいるか」を答えるなら「3」となる。この種の課題は、目の前の情報に注意を向けながら、つい出てくる反応を抑える力も使う。
結果は、同じ農家の成績が、収入の入る前より後で良かったというものだった。生まれ持った能力が、数週間で別人のように入れ替わったわけではない。同じ人でも、置かれた経済状況に応じて、測定された成績が変わりうることを示した。
「IQが13ポイント低下」と読むときの注意
この研究を紹介する記事には「貧困はIQを13ポイント下げる」という強い見出しが登場する。研究チームの広報でも、金銭的不安に伴う認知課題の差をIQ13ポイントに相当する規模として説明している。
しかし、ここでの13は、すべての農家の標準化IQが正確に13点上がったという数字ではない。効果の大きさを一般に伝えるための換算的な比喩と、実際の個々の検査得点を混同してはいけない。
| 言えること | 言い過ぎになること |
|---|---|
| 金銭的不安が強い条件で、特定の認知課題の成績が低かった | 低所得者の生まれつきの知能は低い |
| 同じ農家で、収穫前後に測定成績の差がみられた | 収穫すると全員のIQが13点上がる |
| 経済的な負担と認知的な負担が関係する可能性 | お金を渡せばあらゆる思考力が即座に高まる |
著者たちは栄養、労働負荷、ストレスなどの別の説明も検討した。たとえば農作業そのものが終わったかどうかと、売上の支払いを受けたかどうかがずれる農家もいた。単に肉体労働の疲れだけでは説明しにくいという検討だ。それでも観察研究の部分では、時期によって変わる要因すべてを完全に除外できたわけではない。
課題の成績は、本当の生活能力と同じか
この研究には、もう一段の問いがある。お金の心配をしている人が、抽象的な図形問題に十分な注意を向けられなかったとして、それは生活全体の判断力が落ちたことを意味するのか。
批判的な論評には、目の前の生活に重要な問題へ注意を集中しているため、無関係な課題への集中が下がった可能性を指摘するものもある。図形テストは研究の手段として有用だが、それですべての日常判断が分かるわけではない。
そう考えると、論文の面白さは単なる「貧困がIQを下げる」という刺激的な標語ではなくなる。社会や学校で誰かを評価するとき、その人がいま何に注意を奪われているかを、私たちはどれくらい知っているだろうという問いが残る。
テストの数字は、どんな状況で出たのか
知能検査でも、体調や不安、疲労など、実施条件への配慮が求められる。だからといって、検査の結果がすべて環境に左右されて意味を失うわけではない。規準化された検査には、そのような影響も踏まえて解釈するための手続きがある。
ただ、この研究を知ったあとでは、数字だけを見て人を判断することが少し怖くなる。成績には本人の力と、そのとき問題に向けられた注意の両方が顔を出す。数字を読むなら、数字が生まれた場面も読まなければならない。
参考:Mani, A., Mullainathan, S., Shafir, E., & Zhao, J.(2013)Poverty Impedes Cognitive Function, Science 341, 976–980. DOI: 10.1126/science.1238041。関連論評:2015年の認知課題の妥当性に関する批評も併読。
原典と、確認した範囲
このページは研究論文を読み解く独立編集の記事です。本文中で研究の観察結果、著者の解釈、説明用の架空例を区別しています。診断や個人のIQ判定には利用できません。